The Lady 引き裂かれた愛:ベッソン監督に聞く「スーチーさんの幅の広さを見せたかった」

アウンサンスーチーさんの半生を描いた「The Lady 引き裂かれた愛」について語ったリュック・ベッソン監督
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アウンサンスーチーさんの半生を描いた「The Lady 引き裂かれた愛」について語ったリュック・ベッソン監督

 軍事政権が続いたビルマ(現ミャンマー)で民主化運動を進め、そのために軍幹部から危険視され、10年11月まで通算15年にわたって自宅軟禁生活を強いられたアウンサンスーチーさん。今年6月、ノルウェーで91年に授与されたノーベル平和賞受賞演説を行ったことは記憶に新しい。そのの半生を描いた「The Lady ひき裂かれた愛」が21日から公開された。メガホンをとったのは、「ニキータ」「レオン」などで知られるリュック・ベッソン監督。作品のPRのために6月に来日したベッソン監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 ベッソン監督は、この作品について最初はプロデュースを引き受けるつもりだった。長年の友人であり、今作でスーチーさんを演じるミシェル・ヨーさんからのたっての依頼だったからだ。ところが、レベッカ・フレインさんの台本を読み、考えが変わった。「スーチーという女性が歴史に与えたことの重大さがよく分かった。そしてそれは、われわれが知るべき話だと思った」と語る。その瞬間、自らメガホンをとることを決意した。

 このストーリーが「素晴らしくリッチな話」であったことも、ベッソン監督の心をとらえた。「彼女の父親は、民主主義をビルマに根付かせようとしながら志半ばで暗殺されたアウンサン将軍。その志をスーチーさんが引き継いだ。また、ビルマはかつて英国の植民地だった。スーチーさんのご主人は英国人。かつてのヒーローの娘が英国人と結婚するのは、敵と結婚することと同義だ。そして彼女は英国オックスフォードで結婚し、妻として母として15年生活したあと、突然、祖国の母になる。物語の、そうした重層的な部分に感銘を受けたんだ」と語る。

 映画では、スーチーさんを決してヒーロー然とは描いてはいない。その理由を監督は「スーチーさんの人間の幅の広さを見せたかった」と説明する。「ユニコーンのように輝く英雄としてだけ描くのではなく、母として、妻としての彼女を見せたかった。彼女も私たちと同じ人間。決断をするときは迷いもする。そういう姿を見せることで、観客はスーチーという人物に近づくことが可能になるんだ」という。

 そのスーチーさんを演じているのが、「SAYURI」(05年)や「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」(08年)に出演したヨーさんだ。ベッソン監督によるとヨーさんは「撮影開始の1年前から準備を始め、ビルマ語やピアノを習ったり、スーチーの200時間分のビデオを見たりして役作りに取り組んでくれた」という。そしてその熱意と努力を「彼女自身、分かっていたんだと思う。この役が、彼女の女優人生に非常に大きな意味をもたらすということを。撮影が始まったときは、何もいうことがなかった」とたたえた。

 また、今作でもう1人、重要な位置にいるのが、デビッド・シューリスさんが演じる、スーチーさんの夫でチベット研究家のマイケル・アリスさんだ。演じたシューリスさんについてベッソン監督は「素晴らしい俳優」としながら、「いわゆるカメレオン俳優だね。だって彼は、『ハリー・ポッター』や『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(97年)、マイク・リー監督の『ネイキッド』(93年)にも出ていたけど、どれも全く違う表情を見せていた。ときどき彼が誰か分からなくなるよ。それぐらい素晴らしい俳優だ。その彼にとっても、今回の役は難しかったはず。だって、(マイケルとアンソニーという)双子の役だからね。それもこなしてくれた。とてもいい俳優だよ」と惜しみない賛辞を贈った。

 最後に、メッセージを兼ねて、この作品をどんな人に見てもらいたいかとたずねると、いかにも「愚問だ」という表情を浮かべながら、「ターゲットはないよ。それは宣伝マンの仕事」と返答。そして次のように続けた。「この間、韓国に行ったら、17歳くらいのモヒカン刈りの男の子がやって来て、私の『サブウェイ』(84年)を15回見たというんだ。あれを撮ったとき、彼はまだ生まれていないはず。一体誰が、20年後、韓国のトサカのような頭をした少年が、あの映画を見ると予測できた? チャールズ・チャップリンだって、私が彼のターゲットになるなんて当時はまったく考えなかったと思うし、ピカソだってそう。ミケランジェロだって、例えば、ポルトガルに住んでいるコンシェルジュが、パリの美術館まで自分の彫刻を見に来るなんて当時は考えなかったはずだ。だから“作品”というものは、それを見た人のものになるんだよ」とつぶやいた。

 その前に行われたジャパンプレミアの舞台あいさつでは「今作には自分のビルマを思う気持ちが凝縮されている」とコメントしていたベッソン監督。今作に刻まれたベッソン監督の思いは、きっと観客の胸に届き、観客にとってこの映画は「自分のもの」として刻まれるに違いない。映画は21日より全国順次公開。

 <プロフィル>

 1959年、フランス生まれ。17歳で学校を中退。ゴーモン社でニュース映画のアシスタントとして働く。ハリウッドで映画製作を学んだのち帰国、製作会社を設立。長編映画第1作「最後の戦い」(83年)でアヴォリアッツ映画祭審査員特別賞と批評家大賞を受賞。その後「サブウェイ」(84年)、「グレート・ブルー」(88年)、「ニキータ」(90年)、「アトランティス」(91年)、「レオン」(94年)とヒット作を連発。「フィフス・エレメント」(97年)はセザール賞監督賞を獲得した。「Taxi」シリーズ、「トランスポーター」シリーズなどのプロデューサーとしても知られる。12年9月、パリ北部郊外にあるサンドニ市に「イタリアのチネチッタ、ロンドンのパインウッド、米国のユニバーサルのような映画スタジオ」をオープンさせる予定。

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