小野憲史のゲーム時評:思い出のボードゲーム「シグマファイル」

ボードゲーム「シグマファイル」のリメーク版「カサブランカ」
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ボードゲーム「シグマファイル」のリメーク版「カサブランカ」

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、小野さんの思い出のゲームについて語ってもらいます。

ウナギノボリ

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 今月は編集部から思い出のゲームについて書いてほしいという依頼があった。そこでビデオゲームではなくボードゲーム「シグマファイル」を紹介したい。こうしてゲームに関する記事を書くようになった、原点ともいえる内容だからだ。

 ゲームは3~4人でプレーする。ボードには主要都市を表すマスと、マスを結ぶ線が引かれている。プレーヤーは自分の手番に「スパイを移動させる」「スパイに送金する」「他のスパイを暗殺する」から1つ選んで実行できる。ボードに置かれた8個のスパイのコマを操って、中央のマスにある秘密書類(シグマファイル)を自国のマスに持ち帰れば勝ちだ。

 「移動させる」を選んだ場合、プレーヤーは任意のスパイを選んで隣のマスに移動させられる。スパイの所有者は決められておらず、どのスパイを選んで動かしてもいい。秘密書類が置かれたマスにスパイが到達すると、以後はスパイと秘密書類をあわせて移動させられる。

 「送金する」を選んだ場合、任意のスパイに対して1万ドルの総予算から送金できる。最後に「暗殺する」を選んだ場合、同じマスにいる他のスパイを取り除ける。取り除かれたスパイは、ゲームが終了まで復活することはない。機密書類の所持権も暗殺したスパイに移転される。

 もっとも、話はこれだけでは終わらない。他のプレーヤーの選択に異議を唱えられるからだ。その場合、対象となるスパイの送金額を比較し、より高額な送金を行っていたプレーヤーが行動を決定できる。たとえばスパイAが同じマスにいるスパイBを暗殺する場合、異議がなければ暗殺は成功する。異議がある場合、スパイAに対する送金額を比べて、暗殺が実施されたか否かが判断される。移動も同様で、送金額がもっとも高いプレーヤーの意向が反映される。

 このように本作では、個々のスパイに対する送金額が勝敗の決め手になる。この時、高額送金したスパイの存在が他のプレーヤーにわかると、非常に不利な状態になる。他のスパイの絶好の標的になるからだ(標的になったスパイではなく、暗殺側のスパイに対する送金額が重要な点に注意)。そのため、送金額をお互いに比べる際も、具体的な金額を明かすのではなく、「○○ドル以上」などと間接的な表現が求められる。手持ちの資金は限られているので、メリハリをつけた送金を行いつつ、それぞれのスパイの送金額を推測することがゲームのコツだ。

 また、どのスパイでも自由に移動させられる点も特徴だ。送金額がゼロでも、他から異議がなければ問題ない。そのため熟練したプレーヤー同士で遊ぶと、あうんの呼吸による連係プレーが見られる。同じスパイを別々のプレーヤーが連続して移動させ、高額な投資を行った(と推察される)プレーヤーが、他のスパイを暗殺してゴールを阻止する、などだ。ただし、そのスパイもまた、状況に応じて新たな標的になることは言うまでもない。
 本作は1972年に発売され、何度もリメークが繰り返されてきた。理由の一つに「ゲームシステムとプレーヤーがもたらす展開の多様性」がある。本作に限らず、ゲームはさまざまなルールの組み合わせで構成される。ルールは互いに結びつき、一つのシステムを構成する。そこにプレーヤーという不確定要素が加わることで、システムは無限の展開をみせる……。筆者にとっては本作が、こうした気づきを得るきっかけになった。

 余談だが本作を知ったのは書籍「ボード・ゲーム」(松田道弘著・筑摩書房)を通してで、小学6年生の時に図書館で借りたのがきっかけだった。紹介文を読み、紙と鉛筆でゲーム版とコマを自作し、家族や親戚と夢中になって遊んだ。いわば筆者の人生を決めた一冊だともいえる。この場を借りて改めて御礼を申しあげたい。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーランスで活躍。2011からNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の中核メンバー、2020年から東京国際工科専門職大学講師として人材育成に尽力している。

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