竜とそばかすの姫:細田守監督 再びインターネットを描く理由 「デジモン」「サマーウォーズ」から変化

「竜とそばかすの姫」の細田守監督
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「竜とそばかすの姫」の細田守監督

 「時をかける少女」(2006年)などで知られる細田守監督の最新作となる劇場版アニメ「竜とそばかすの姫」が、7月16日に公開される。同作の舞台は、約50億人が集う超巨大インターネット世界<U(ユー)>。これまでも劇場版アニメ「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」(2000年)、「サマーウォーズ」(2009年)とインターネットを題材にした作品を手がけてきた細田監督が、今再びインターネット世界を描く理由とは……。「インターネットの希望を描き続けてきた」と話す細田監督に聞いた。

ウナギノボリ

 ◇30年越しの思いが結実した「竜とそばかすの姫」

 「竜とそばかすの姫」は、過疎化が進む高知の田舎町で父と暮らす17歳の女子高生・すずが、超巨大インターネット世界<U>と出会い、成長していく姿を描く。幼い頃に母を事故で亡くし、心に大きな傷を抱えていたすずはある日、“もう一つの現実”と呼ばれる<U>と出会い、ベルという<As(アズ)>(アバター)で参加することになる。心に秘めてきた歌を歌うことで、あっという間に世界に注目される存在となっていくベル(すず)の前に竜の姿をした謎の存在が現れる。

 細田監督が「竜とそばかすの姫」を描く上で、モチーフとした作品が「美女と野獣」だった。「竜とそばかすの姫」に登場する竜は、「美女と野獣」の野獣をほうふつさせる存在だ。竜は凶暴で、<U>の世界では大勢から忌み嫌われており、歌姫のベル(すず)と出会い、心を通わせていく。「美女と野獣」の野獣、インターネットの二面性という共通点に着目したことから「竜とそばかすの姫」の構想が浮かんだという。

 「『美女と野獣』の野獣は、凶暴な怖い部分と、その裏側にある愛すべき部分があると思いますが、本来は怖い一面しか見えない。それは社会生活にも通じるところがあって、みんな人間の表面しか見ないで生活をしていて、その裏側に何があるかということを、いわば意図的に無視している。インターネットは、人の裏側にもう一面があるということを明らかにした世界だと思っています。そうした意味で、『美女と野獣』とインターネットはすごく相性がいいのではないかと考えました」

 「美女と野獣」は細田監督にとって、特別な思い入れがある作品でもあるという。

 「ディズニーの『美女と野獣』が公開された1991年は、僕が大学を卒業して東映動画(現・東映アニメーション)に入社した年でした。アニメ現場は、大変な苦難を乗り越えなければいけない場所でして、アニメーションを続けていくことにくじけそうになっていた。そんな時に『美女と野獣』に出会って、すごく衝撃を受けて、こんな素晴らしい作品が作れるのなら、もうちょっとアニメの仕事を続けていこうと思わせてくれた。最初はいろいろなことを諦めている野獣が、ベルとの出会いによって変化していくというところに自分を重ね合わせて、もっといい人間になりたいという気持ちにさせてくれた。そこから約30年越しに、自分なりの『美女と野獣』を作ることができたことには、一種の達成感がありますね」

 ◇インターネットと現実 二つの世界を生き抜く子供たちへの思い

 細田監督は、「竜とそばかすの姫」の会見で、「インターネット自体ができてから25年ぐらいしかたっていない。その中で、インターネットを肯定的に描き続けてきた」と語っていた。初めてインターネットを題材に描いた「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」が公開された2000年は、一般家庭にインターネットが普及し始めた時代で「20年前のインターネットは、若い人や鼻が利く人しか使っていない特別なツールだった」と説明する。

 「インターネットは、新しい人が、新しいツールを使って、これから新しい世界を作っていくだろうという希望に満ちた存在で、その希望をそのまま込めたのが『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』という映画だったんです。つまり、大人や社会が誰も知らないところで、子供たちだけが世界の危機を知って解決するという、一種の特権的なものを描いた映画でした」

 その約10年後に制作された「サマーウォーズ」では、インターネットがより広く普及し、特権的なものでなくなった時代に「家族とインターネット」を描いた。

 「家族とインターネットで全く別のものですけど、旧態依然とした『家族』と、新しいものとしてのインターネットが、それぞれ足りないものを補い合ったらどうなるのかということを描いたのが『サマーウォーズ』という映画でした」

 そして、「竜とそばかすの姫」でインターネットを描く上で、「10年前とはインターネットは全く違うものになった」と感じたという。

 「インターネットといえば、誹謗(ひぼう)中傷というぐらい、ネットと現実の世界がものすごく近くなった。人間が思っている不満ややっかみなどさまざまな心の中で渦巻いている言葉が、直接表に飛び出して、人を傷つけるほどにまでなった。それが10年前とは全然違うところです。インターネットが、現実の人間の合わせ鏡になっている」

 「竜とそばかすの姫」の主人公・すずは、生まれた時からインターネットが生活の中にある世代だ。SNSの誹謗中傷など、悪いイメージも持たれるようになったインターネット世界を、それでも肯定的に描こうとする細田監督には、すずたちのような若い世代への思いがあったという。

 「インターネットの世界と現実の世界、両方ある世界をどうやって若い人は生きていって、ちゃんと自分の希望や未来をつかみ取ることができるんだろうか。僕にも5歳の娘がいますが、その子がこれからスマホを持って、グループSNSに加入させられて、うまく立ち振る舞いができるんだろうかと。二つの世界を生きる子供たちに対して、しんどさを乗り越えて、健やかに伸び伸びと生き延びてほしいという希望を込めて、この映画を作ったんです」

 ◇インターネットが持つ力 「ポジティブな面をしっかりと描きたい」

 細田監督は、インターネットの「連帯」という特徴をこれまでの作品でも描き続けてきたと話す。

 「個人のレベルでも、顔も知らない人同士がインターネットの世界で助け合うこともある。形は違えど、『デジモン』でも『サマーウォーズ』でも『竜とそばかすの姫』でも、インターネットに接続している者同士の連帯を描いてきました。全然知らない人と同じように気持ちを通わせることは大事だと。また、今のコロナ禍のような、大きな困難に立ち向かわなければいけない時に、ものすごく大きな力になるのが、インターネットだとも考えています。そうしたポジティブな面をそれぞれの映画の中で、そして今回もしっかりと描きたいと思っています」

 「知らない人とつながることができる」というインターネットの特徴は「竜とそばかすの姫」の作品作りにも生かされたという。作品のキーともなる<U>のデザインを手がけたイギリス人建築家、エリック・ウォンさんとの出会いもインターネットだった。

 「<U>の世界が、『サマーウォーズ』に登場した<OZ(オズ)>からアップデートした、より広がりを持った世界だとして、それをビジュアル化する上で、デザイナーを探し出すのに苦労しました。インターネットで画像検索に次ぐ画像検索をしてたどり着いたのが、エリックのポートフォリオだったんです。そこから連絡をして、彼がロンドンに住んでいる20代後半の建築家だということが初めて分かった。それも今回の映画の内容とリンクしているというか、この作品だからこそこういう選び方でエリックに到達したんです」

 肩書も実績も国も人種も関係なく「いいもの」と出会える。物理的な距離を超えて、人と出会い、つながることができる。細田監督は、そうしたインターネットの力を信じ、描き続けてきた。「竜とそばかすの姫」について「コロナ禍で、すごく抑圧を感じている人が多いと思うんですけど、それを乗り越えて心を解放してもらうような映画であったらいいなとみんなで願っています」とも語る。細田監督が描き出す壮大なインターネット世界を体感したい。

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